つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

会いたくても会えなかった親しき友人・知人に、3年後に再会したとき、何を語るべきか?

大げさに大上段に振りかぶった、堅苦しい言い方をしたが、ご容赦願いたい。言いたいことは、3年程続いたコロナ禍が収束し、人々が自由に集い語り合えるような状況が戻ってきたと仮定したとき、再会した友人・知人に、開口一番どんなことを話し、聞いて欲しいと思うかである。

「会いたかった!お久しぶり、元気だった?」「もう、寂しくて辛くて、たまらなかった、こんな経験、生活二度と嫌!絶対したくない」「好きな旅行も、カラオケも、飲み会などにも行けず、無駄に時間だけ過ぎた最悪の3年だった!」など、どの言葉も、聞かれそうな言葉ではある。

しかし、これらだけで済ましていいのだろうか?特に、最後の「・・・無駄に時間だけ過ぎた最悪の3年・・・」、コロナ禍だったからしようがないと諦めざるを得ないのか?自身は、コロナ禍ではあっても、3年という取り戻せない時間を、何らかの意義もあった時間と思える時間にすべきではなかったか?と思うのである。

例えば、「コロナ禍で日々感じたことをブログに投稿し続けてきたけど、ボリュームがまとまったので、エッセイにして初出版しちゃった!出版なんて、自分には到底できないことと諦めていたけど・・・おうち時間も長かったし、生活に張りや生きがい・やりがいを感じたかったの・・・興味あったら一度読んでみてくれる?ハイ!」と、出版したエッセイを、再会した友人に手渡してみるのである。

手渡されたエッセイを受け取った友人は、そのとき、どんな反応を見せるのだろうか?

つづく