つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

ことわざの重み その28 緊急特別版

回転寿司チェーンの「〇シ〇ー」が怒り狂っているようだ。無理もない話である。回転寿司の屋台骨である、お客様に対する「安全・衛生・清潔」の徹底第一を根本から破壊される事件が起きたからである。

事件を起こした者は、軽い冗談のイタズラのつもりだったかも知れないが、常軌を逸したこの行動は到底許されるものでないことは明らかだ。このため、この事件に対する損害賠償額は半端な額では済まなさそうである。

回転寿司ビジネスの存立基盤を犯したツケは「倍返し」どころか、数千倍返し(億単位?)の賠償額になるかも知れないと言われている。謝れば済む問題ではないのである。ことわざ「爾(なんじ)に出ずるものは爾に反る(かえる)」は教えている。

すなわち、自分のしたことは、必ず自分のもとへかえるということである。起こしたコトの重大さを後で知り、後悔しても遅いのである。「後悔先に立たず」のことわざの重みを嚙み締めざるを得ない、どんなに後悔しても後悔しきれない日々であろう。

しかも、今後さらに、事件を起こした当人等に、想定をはるかに超える厳しい処分(罪と罰と巨額損害賠償等を含む)という自業自得の「何でもありの恐怖」が待ち受けていることも確かだ。

つづく

 

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年の始めに何をすべきか?

早いもので、2023年が明けたと思っていたら、いつの間にか、1月もあと数日で終わろうとしている。元旦以降のマイブームで特筆すべきものは、3年ぶりのスキーであったが、今年最初の念願が叶ってまずはホッとしている。

ところで、念願の達成に関連して、年の始めは「一年の計は元旦にあり」といわれるように、その年の目標を立てることだろうか?それはそれですばらしいことだと思うが、目標の達成には時間を要することも考えられ、必ずしも容易でないことも多い。

そういう意味では、自身は、年の始めには、もっともしたくない苦手なことから始めるべきではないか?と思っている。なぜなら、もっともしたくない苦手なことは、できれば先送り(後回しに)しておきたいことだからである。

ただ、「先送り(後回しに)している」と自覚しているなら、まだ救いはある。なぜなら、いずれしなければならないという前向きな意識・姿勢を感じるからである。しかし、その意識・姿勢を実行に向かわせることは容易ではない。

どうしたらいいのだろうか?自身は、ヒマですることがないなら、とりあえずそのことを最優先して即実行すべきと考える。本来、先送り(後回しに)していることがあると自覚しているなら、ヒマですることがないわけではないからだ。

しかし、心理の実態は、年の始めという建前で、過去(前年)の結果・実績をリセットし、出来たこと・出来なかったこと(得意なこと・不得意なこと)をひっくるめ重みづけせず一律に目標設定しがちである。

これこそ、毎年、年の始めに心機一転、「今年こそ、○○やるぞ!」とあれこれ目標設定しながら、そう目標設定したことで満足し、実行したような錯覚(気分)に陥っているだけの、現在のありのままの自分なのである。

そこで、今年は、少しスタンスを変えてみることにした。それは、実行の「こま切れ化」である。好きでもない苦手なコトを長い時間続けられるはずはない、すぐに飽きるのはやむを得ない。

したがって、苦手なコトをするのに、どんなに短い時間で飽きても、それはそれでいい!と割り切る。そして、そのときは、すぐに好きな得意なコトに切り替える。好きで得意なコトは長い時間続くかも知れないが、それもそれでいい!と割り切る。

例えば、子どもが親から「ゲームばかりしていないで、勉強しなさい!」と言われたとする。子どもは渋々、一旦ゲームを中断し、勉強に切り替える。しかし、勉強には身が入らずすぐに飽きて、再びゲームに戻りまた長い時間熱中する。

こうして、ほんの短い時間の勉強と長めの時間のゲームを交互に繰り返し続ける。親の「気が散ってばかりで、何と言う集中力のなさ!」という嘆きが聞こえてきそうである。しかし、これでいいのではないだろうか?短い時間の勉強でも、ゲームから戻って繰り返すのであれば・・・

このように、実行の単位を細かく小まめに切り替える「こま切れ化」によって、好きとはいえない不得意なコトも、ことわざ「塵も積もれば山となる」とあるように、全体として、こま切れの積み重ね(上げ)効果により、出来るようになっていくのでは?と期待している。

一日一日のこま切れの積み重ねで1か月になり、1か月1か月のこま切れの積み重ねで12か月(1年)になる。まだ、12分の1が過ぎようとしているだけであり、年の始めと考えていいのではないだろうか?本トライの結果は、また後ほど報告したいと思う。

つづく 

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「世代間の断絶」の真の背景とは?

よく「世代間の断絶」ということが言われるようになった。本当にそのような断絶があるかどうかは分からないが、従来の常識が常識ではなかったと言われるような価値観の転換も起きており、世代間の認識の差が大きいことは確かだ。

また、例えば、現在の年金制度が、現役世代の保険料で退職した高齢者の年金を賄うような、世代間の利益得失が相反するような仕組みから生じる損得感情にも似た思いかも知れない。

しかし、自身は、世代間の断絶があるとすれば、その根本に育ってきた環境・経験の決定的違いがあると思えてならない。それは、生死の境をさまよう極限的体験の有無ではないか?

具体的には、現在の地域紛争の国で起きているような、戦争当事国の国民としての現場体験の有無である。そこでは、生きるか死ぬかが掛かっている。生きたいと思っているのに、理不尽に死ぬかも知れないという恐怖・絶望感である。

したがって、そのような状況下では、生きられさえすれば、どんな厳しい環境でも我慢するという覚悟がいや応なしにできてしまう。食欲さえ満たされれば食べるものは何でもいい、寒さろうが暑かろうが夜露さえしのげればいい等々の意識が芽生える。

そのような極限的体験・環境を経てきた世代と、そうでない世代との価値観に、決定的相違が生まれるのもやむを得ない気もする。どうしたら、その相違を埋められるのだろうか?

それは、両世代が、冷徹に過去(歴史)を紐解き、現在を理解し、未来を予測した上で、あるべき姿・向かうべき方向を模索していくしかないであろう。そして、各世代が、謙虚に自己の体験・行動・想いを振り返りつつ、相手の立場を理解する努力なしには、世代間の溝は一歩も埋まらないであろう。

つづく

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「一休さん」の説く真理

室町時代臨済宗の高僧、一休宗純禅師である。あの、「とんち」で有名な一休さんであるが、伝わる説話が超おもしろいだけでなく、説得力がある。以下にその話を、ダイアログ風にご紹介する。

ある日、信者がお寺を訪ねてきた。

「一休さま、私のところに孫が生まれました。大変めでたいことなので、何かめでたいことを書いていただけませんか?それを飾って我が家の家宝にしたいと思います。」このようにお願いすると、一休さんは快く引き受け、すぐに筆をとり、さらさらと言葉を書いて渡した。

信者は、さぞや素晴らしい言葉を書いてもらえたものと期待しながら手に取ってみると、なんとそこに書かれていたのは、「親死、子死、孫死」(意味するところは、親が死に、やがて子が死に、孫が死ぬ)であった。

信者はびっくりして、「おめでたい事をお願いしたのに「死」などと、これのどこがおめでたいのですか!縁起でもない!」と声を荒げて怒った。

すると一休さんは「では聞くが、あなたのかわいい孫が先ず死んで、その次にあなたが頼りにしている息子が死んで、最後に自分一人が残ったとしたらどうか?」と尋ねた。

すると信者は「そんなことがあったら、私は嘆き悲しみ、途方にくれるばかりです。」と答えた。それを聞くと一休さんは「そうであろう。まずは年長者のあなたが死んで、その次に子どもたち、それから孫という順番に死ぬというのがめでたかろう。」と話した。

信者は「その通りでございました」と頭を下げ、その書を末永く家宝にしたそうである。「死」の順番というブラックジョークかと思わせる、一休さん流の説話だが、このような当たり前と思っていることが、実はとても尊くて幸せなことにあらためて気付かされる。

つづく

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歌が伝えるもの

何も変えられないかも知れない、しかし、声を上げなければ何も始まらないことも確かだろう、それは、みんなよ~く分かっていることである。

これ以上の説明は要らないでしょう。

下記をクリックしてください

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎 - 時代遅れのRock’n’Roll Band(Full ver.) - YouTube

 

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夫婦とは?家族とは?人生とは?

あらためて、とても考えさせられる内容です。

見ごたえのある内容で、ボリュームもしっかりあります。

字幕入りですが、英語の発音も分かりやすい(英会話の苦手な小生にでも聞き取れる部分がある)ので、原語での会話修得練習にもってこいかも知れません。字幕の翻訳内容と原語会話の比較(ex.原語で〇…〇と会話しているところは、字幕スーパーでは×…×と翻訳してるなぁ・・・など気付けて楽しい)もとても参考になります。

じっくりと鑑賞いただきたい、年初イチオシ!のビデオです。

下記をクリックしてご覧ください。

Amazon.co.jp: 女医フォスター 夫の情事、私の決断(字幕版)を観る | Prime Video

 

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「つれづれ雑ぐさ その十四」電子書籍版を出版しました

はじめてこれを読まれる方のために、これは、日記であり、エッセイです。また、これまでの生活体験、人生経験に基づいた一種のモノローグ集と言えるかも知れません。自身の独断や偏見、机上の空論も多々あろうかと思いつつ、社会との関わりの中で、日々切実に感じた想いを、つれづれなるままの世界観に立って思うまま、ありのまま文字に託して発信しています。

今回、「その十四」には、初版から第十三版までに取り上げた目次テーマの中でも、特に「コトの本質」に関するものが多くなりました。その理由は、大事件や社会問題の背景に潜む風潮や世相とその対応状況などに感じる様々な想いを吐露したからです。

内容は、目次から、①日常、②エンタメ、③自然、④趣味、⑤IT化、⑥コトの本質、⑦イベント、⑧社会に分けています。

以下、その一部を紹介すると

①日常は、真に国民のためになる情報発信を心掛けるべきという観点から「ネットニュースで取り上げるべき記事とは?」を、行動意欲を刺激するという観点から「ヒマをもて余しているときにするべき、とっておきの方法とは? その1および2」を、

②エンタメは、人間の欲望という本質に切り込んでいるという観点から「「松本清張」のスゴさとは?」を、

③自然は、寄生虫がマインドコントロールの達人であるという観点から「ゾンビ化の恐怖」を、

④趣味は、モノづくりの一種としての出版は、出来栄えの良し悪しに関わらず、それ自体がさらに創造的意欲を刺激するという観点から「自費出版 二歩目を踏み出すために」を、モノづくり自体に価値を見出し自己満足できれば、売れる・売れないによりモノづくりの価値が左右されるわけではないという観点から「自費出版の意義とは?」を、本はジャンルを問わず、基本、内容がキモなので、どちらでも構わない気がするが・・・という観点から「紙の本か?電子書籍か?それが問題だ」を、

⑤IT化は、今後はこの世界との付き合い抜きには済まされないという観点から「デジタル社会は習うより慣れろ!の世界」を、

⑥コトの本質は、パンドラの箱が開いた日本社会に胸突き八丁の課題が突きつけられているという観点から「風雲!急を告げ始めた その1およびその2」を、「関係を断つ!」という観点で、国民の厳しい監視の目が注がれ、関係したツケを払わされる可能性が非常に高いという観点から「「関係を断つ!」宣言の後に見えてくるもの」を、誰が、どのような基準に基づき、何を根拠に判断できるというのだろうか?という観点から「アンケートによる自己点検の意義とは?」を、調査対象者が存命であるか否かに関係なく、方法さえ検討すればいくらでも調査することはできるという観点から「「把握に限界」とは?」を、歴史の考証を抜きにして悲惨な歴史から逃れる術はないという観点から「何でもありの恐怖 その23 続・緊急特別版」を、人間は間違いを犯す存在であり、間違いを犯したあとの対応がすべてであるという観点から「人間が間違いを犯したとき、どう対応すべきか? 緊急特別版」を、国民がメディアから期待するものは、都合の良し悪しに関係なく、勇気をもって切り込む信念に満ちたメッセージであるという観点から「ご都合主義の行きつく先は?」を、関係当事者の一方である対象自体がなくなれば、結果として「関係が断てる!」ことになるという観点から「「関係を断つ!」とは? その3」を、「もったいない」意識を醸成するという観点から「SDGsとは何か?」を、政治家・経営者などの出処進退は、自らが決めることになるが、そこには、「功名を成し遂げたら」という前提が付くという観点から「政治家の出処進退は自ら判断するもの」の本当の意味とは?」を、ほとんど考えることなく・・・できてしまう」、考える手間を省かせて利便性を高めているデジタル社会は、本当に嬉しい社会になるだろうか?という観点から「デジタル社会の本質」を、

⑧社会は、今後、SNSなどの情報発信力や影響力が、直接、国の政策を決定づけるようになっていくと、政治家という立場の人々の存在意義、役割はどうなっていくのだろうか?という観点から「社会を変えられるのは誰か?」を、

読んでみて、おもしろい・つまらないなど、どのような反響を呼び評価を受けようと、この作品を世に問えることになったこと自体、自身にとって至上の喜びであることに変わりはありません。よろしくお願いします。

発売は、1月15日からです。

 

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