つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

キャンプファンに立ちはだかるヌカカの衝撃 その5

自身には、虫刺されに関してトラウマがある。それは、少年時代、アシナガバチに刺された経験と、毒蛾に触れてかぶれた経験によるものである。どちらも、今回のヌカカと同様、今なお脳裏に比較的鮮明に残る、ある種の悪夢である。

アシナガバチに刺されたのは、自宅の軒下に作られたハチの巣を駆除する(実際には、イタズラ?)ために棒で突いているうちに、巣でうごめいていたハチの一匹が襲ってきたのである。刺されたのは顔の鼻筋、両眉毛の真ん中あたりであった。

刺された結果は、凄まじかった。顔全体が倍ぐらいに腫れあがり、真ん丸のお月様状態である。アンパンマンの顔も真ん丸だが、自身は顔の腫れあがりで瞼まで閉じてしまうほどの表情の激変であった。

通っていた小学校では、笑いものになるような顔に変貌していたと思うが、イジメの対象になったような記憶はなく、むしろ可哀そうにと同情された記憶がある。顔の変貌ぶりが恥ずかしくて、学校へ行きたくなかった気持ちもあったかも知れない。

そしてこれが、虫はなめるとコワイ!見ただけでゾーッと恐怖じみたものを感じるトラウマの始まりであった。虫には、素手で触ってもまったく平気なものから、見ているだけで、虫唾が走り身体が痒く感じてしまうようなものまである。

毒蛾に触れてかぶれたのは、やはり小学生のとき、クラスの悪ガキのイタズラから起きた。悪ガキが、教室内に迷い込んだ毒蛾をつかんで無意識?に放り投げた拍子に、その毒蛾が運悪く自身の背中のシャツ(下着)の中に入ってしまったのである。

自身、気付かなかったが、身体に生じた異変はすぐに分かった。ぞくぞくするような何とも言えない不快な痒み、熱感などが襲ってきたのである。たぶん、毒蛾の羽の鱗粉(りんぷん)が背中の中でまき散らされてきたせいであったろう。

アレルギー(アナフィラキシー)反応により、背中から始まったジンマシン状の巨大な発疹・凸凹はみるみる拡がり、たまらない痒みを伴って襲ってきたのである。結果、当然ながら早引きで帰ったと記憶しているが、これも、自身のトラウマとなっている事件である。

つづく

 

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キャンプファンに立ちはだかるヌカカの衝撃 その4

ヌカカに刺された後、未だ完全治癒に至っていない二つめの要因は、ステロイド塗布薬の使用に関する自身の考え方(向き合い方)にある。すなわち「ステロイド塗布薬はコワイ!」という思い込みである。

ネット情報などから、使用継続などによる習慣性や悪影響を刷り込まれているせいか、漠然とした不安感を抱いているのは確かだ。そのため、その使用に関して勢い慎重になる。実際、塗布量・塗布回数(期間)も、必要以上に絞りぎみになる。

理由は、ヌカカの塗布薬は、ステロイド塗布薬の中でも、最強レベルの強さのため、使用による悪影響を心配し過ぎるのである。その結果、処方中、少しでも痒みや発疹がおさまり改善傾向が出てくると使用を中断したくなるのである。

そしてこれが、完全治癒を遅らせている要因ではないかと思うのである。信頼できる皮膚科専門医の指示の下で使用しているのだから、その指示通り徹底すればいいのに、勝手な素人判断で中途半端にしてしまうのである。

一回の塗布量に関する理解不足、使用継続に関する誤解など、ステロイド薬処方に関する誤解や思い込みが抜けきっていないことをあらためて実感している。「餅は餅屋に任せろ」という、専門家のアドバイスに従うべきということわざもある。

「薬は使用法を誤るとコワイ!」ことも確かであるが、結局は、専門医の指示に忠実に従った処方が完全治癒への近道であるようだ。二の腕に残る黒ずみ始めた多数のブツブツ発疹跡をしげしげと眺めながら思った。完全治癒まで、あと、もう少し

つづく

 

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キャンプファンに立ちはだかるヌカカの衝撃 その3

ヌカカに刺されてすでに2週間を経過している。刺された当日に皮膚科専門医を受診し、的確な処方を受けたと自負しているが、今なお、完全治癒に至っていない気がしている。

その大きな要因は、2つある。ひとつは、痒みに対する向き合い方である。通常、蚊に刺されたような場合、引っ掻いたり爪で傷つけるようなことをして、痒みを痛みで中和してしまうようなことをして、気を紛らわしてきた。

しかし、今回は、ヌカカに刺されたときの処置方法のネット情報などに、痒みに反応した掻きしゃぶりは、患部をさらに悪化させ治りを遅らせるなどと記載されていたため、悪化をおそれ、痒みがあっても掻かないで強いて我慢している。

これは、相当のプレッシャーである。猛烈な痒みに対し、掻きむしりたくてしようがないのを、掻かないでひたすら我慢しなければならないからである。この痒みは、的確な塗布薬を処方されても、治癒過程で避けられるものではないのである。

なぜなら、虫刺されによる痒みは、皮膚のアレルギー反応による炎症であるが、炎症自体はもちろん、この炎症を塗布薬が抑制していく過程および塗布薬の効能切れに伴っても痒みを生じさせるのである。

痒み止めの飲み薬を併用した理由もそこにある。就寝時にも、炎症による熱っぽさから逃れるため、掛け布団から二の腕を露出させ冷やすようにも努めた。ステロイド塗布薬の効果は劇的で、飲み薬の服用は2日間で止めることができた。

しかし、痒みの消失と肌(皮膚)の性状回復は、一朝一夕には進まなかった。今なお、完全治癒に至っていない二つめの要因がある。それは、ステロイド塗布薬の使用に対する向き合い方である。

つづく

 

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キャンプファンに立ちはだかるヌカカの衝撃 その2

ヌカカとは何か?「ヌカカ」は、吸血害虫と呼ばれる昆虫である。漢字では「糠蚊」と書くが、ハエ目の仲間である。体長は1ミリから1.5ミリほどで、網戸をすり抜けることもあるほど小さなヌカカは、服の隙間に入り込んでは一度に何カ所も刺して吸血する非常に厄介な虫である。

日本国内に生息するヌカカは40種類ほどで、シナノヌカカは長野県あたりが本来の生息地らしい。人の皮膚を刺して吸血するのはメスだけである。単体で行動するよりも、集団になって行動することが多いのもヌカカの特徴である。

ヌカカは人の皮膚を噛み切り、出てきた血を吸血するが、刺された直後は皮膚を噛まれた瞬間にチクッとした痛みを感じる人もいるが、まったく痛みを感じない人もいる。刺されてすぐはあまり痛みや痒みを感じない、痒みがあっても弱い場合が多いようである。集団行動をするので知らない間に何カ所も刺されていることが多く、患部は赤くなる。

ヌカカの特徴は、ブヨにも匹敵するといわれるほどの「猛烈な痒み」である。刺されてからしばらくすると耐えがたい痒みに襲われ、その後は1週間くらい痒みの症状が続く。体質によっては強いかゆみが1ヵ月以上続く人もいて、ついかきむしってしまい症状を悪化させることがある。

自身、上記した症状の典型であった。二の腕の生々しい症状写真も撮影したが、他人も見ているだけで痒くなるような気味悪さで、診察した医者も「これは、ひどい。痒みで眠れないのね、飲み薬も出しましょう」と言ってくれたのである。

処方された超強力ステロイド塗布薬の劇的効果を知るまでは、ステロイド薬についての思い込みの無理解や偏見もあったが、今回、この耐え難い痒みの苦しみから一刻も早く脱却したい一心で、専門医の指示・アドバイスに素直に従って治療を開始した。

つづく

 

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キャンプファンに立ちはだかるヌカカの衝撃 その1

自身は、キャンプを趣味としているわけではないが、キャンプの真髄である自然との対話を通じた楽しみには強い共感を抱く。そこで、キャンプではないが、風光明媚な景勝地、例えば古寺などへぶらりと出かけ、ベンチに腰掛けて景色を眺めながら過ごすこともある。

今回の経験は、9月下旬、ローカルであるが、川沿いの木々に覆われた、国宝に登録された古寺の散策中、ベンチに腰掛けてしばし川のせせらぎを眺めていたときに起きた事件である。半袖のポロシャツを着ていたが、日差しの強さのせいか二の腕にチクッとした刺激を覚えたのである。

しかし、その刺激は耐えられないほどでなく、肌に目立った異常は認められず無視することになった。散策を終えクルマを運転して帰宅したが、二の腕に細かな赤い斑点が多数現れ、痒みも出てきたため、その日の夕方、急遽、行きつけの皮膚科専門医を受診した。専門医は、発疹を拡大鏡で精査した後、「虫刺されですね、針の痕があります」と。

続けて「でも、何だろう?」「何か、腕を這っているものに気付きませんでしたか?」と問われたので、「そういえば、アリよりも小さな黒い点のようなモノが付いたので、ホコリかな?と思い、振り払った記憶はあります」と答えた。

専門医は、医学書の虫の種類事典を紐解いた後、「シナノヌカカかな?」と答えた。「シナノヌカカ(ヌカカ)?」自身の初めて聞く虫の名であった。

つづく

 

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ことわざの重み その18 緊急特別版

「好きこそものの上手なれ」ということわざがある。またしても、ことわざの重みを実感させられる朗報が飛び込んできた。真鍋淑郎先生のノーベル賞受賞である。もちろん、この偉業における肝は「好奇心」である。

「好奇心」は、好きなことさえしていられれば、損得勘定も、艱難辛苦、雑念なども一切、気にならなくなる心情である。しかし、好奇心を育むための、本当に好きなことを見出すのは容易ではない。

真鍋さんも、医者家系に育ち当然のように周囲から医者になることを嘱望されながら、結局医者にならなかった(なれなかった)。カエルの解剖で神経を切ってしまったりして、医者に向いていない(なりたくない)と思ったのかも知れない。

だから、極めて優秀だった真鍋さんでも、最初から、気象物理学への鉄板の好奇心を持っていたわけではなく、自分が本当に好きなことに出会うまでの逡巡があったことが、かえって人間臭く魅力的である。

好奇心は、当たり前のことだが、自らの好奇心である。他人に触発されて抱く好奇心(医者への道)は本物ではなかったのであろう。「好きこそものの上手なれ」とは、「真に好きこそ、本物の上手なれ」と言い替えてもいいかも知れない。

あらためて、真鍋先生 ノーベル物理学賞受賞、本当におめでとうございます。今後の益々のご活躍をご期待申し上げます。

 

 

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説明マジックの恐怖

緊急事態宣言の全面解除は、コロナ禍という生活環境下での幾ばくかの好転を示すものであるが、コロナ禍前の生活環境をゼロもしくはブラスとした場合、依然としてマイナス環境にあることを認識しなければならない。

緊急事態宣言の全面解除は、コロナ禍の収束を意味しておらず、すでに第6波の襲来を想定している状況である。宣言の全面解除の根拠となった感染者数の急減についても、10前後の理由が取りざたされているが、明確な理由は不明である。

やはり、コロナ禍の収束宣言ができない限り、どんなにワクチン接種・医療体制の強化・充実など対策の効果・進展をうたっても、それらの説明は、元の安全・安心な生活の回復とは程遠い、言い訳マジックめいたものに聞こえる。

緊急事態宣言の全面解除は、行楽シーズンの本格的到来から年末・年始に向け、人流の急増大や諸イベント・活動の活発化をもたらすことは必至だ。第6波が再来したときに、これまでの延長線上の、コロナ対策のさらなる進展をうたうだけで済まされるのか?

国民の「一体、いつになったらコロナ禍を収束させられるのか?!」の切実な問いに対し、マジカルでない明確な説明が求められるタイムリミットが刻々と近づいていることは確かだ。

つづく