つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

見えてきた五輪の将来像 その3

スポーツ祭典の中で、なぜ五輪だけが、こんなに多くの種目を一度に一国で実施しなければならないのか?4年に1度だからという論理は、分かったようでよく分からない。仮に、4年に1度という開催スパンの制約を外せないなら、各種目の実施をワールドワイドに分散させたらどうだろうか?

例えば、今回の五輪年度は、水泳は日本、陸上はフランス、柔道はオーストラリア、バドミントンは南アフリカなど、世界各国に競技種目を分散させればいいのではないだろうか?この方法による開催は、あらゆる面で計り知れないメリットを生む。

五輪施設建設への投資は膨大であるが、ほとんど1回きりの使用を前提としており、五輪後の活用による投資回収の目途は立たないことが多い。東京五輪のような無観客開催ならばなおさらである。結果、莫大なハコモノ建設コストは、最終的に国民に増税という形でツケ回しされるのである。

これが例えば、日本が種目として「水泳」だけを担当すればよいことになれば、ハコモノとして新設するにしても、せいぜいスイミングプール程度である。どんなに豪華な装備・機能を盛り込んだとしても、投資額は知れたものとなり、投資の回収も極めて容易になる。

前回から述べているように、今や五輪は、競技場にわざわざ足を運ばずとも、自宅(自国)でインターネットを通じて見られるので、競技種目毎にその会場が世界中に分散していても、何の問題もないのである。換言すれば、今後の五輪は、競技種目・会場世界分散型の拡大版ワールドカッブに変化していくべきではないだろうか?

つづく