つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

子どものしつけ

保育園の先生が、子どものしつけに苦労している母親にしつけ方のアドバイスをしていた内容が興味深い。仕事に家事に忙しい母親が、まとわりつく幼子に対して「つい、ダメーッ、ヤメテーッ、ジャマーッ、あっちへ行っててーっ」などと言いがちになってしまうと悩みを打ち明けると、「子どもは幼くても、母親の大変さ、苦労はよ~く分かっています、だからそのことを、子ども目線まで下りて行って、できる限り分かり易く説明してあげてください、たとえ幼子がまだしゃべれなくても・・・」と。

なるほどと、つくづく思う。確かに、赤子でも、この世に生れ落ちる前に、胎児状態で既に母の胎内で平均10か月程度を過ごしている。あらゆる妊娠時の苦しみにも耐えてやがて母となる者のすべての愛を一心に注がれ育つのである、胎児とは言え、母の愛情や想いを本能的に理解できていない訳はないように思うのである、ただ言葉で表現できないだけなのである。

これが、この世に生れ落ち、幼子に成長する過程で、愛を注がれ続ける母親から、初めて?の「拒否・拒絶」である、ダメーッ、ヤメテーッ、ジャマーッ、あっちへ行っててーっ!の洗礼を受けるのである。子どもにしてみれば、「なぜ?どうして???・・・大好きなママに甘えることの、どこが悪いの?説明してよ!」なのかも知れない。

「話してもわかりゃしないのだから・・・」と思いたくなるときこそ、逆に、辛抱強く、分かり易く説明し理解させる努力をすることの大切さを、幼子のしつけから長い時を経た今、あらためて気付かされた気がした。