つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

数字マジックの恐怖 その7

急速な感染者数の増加に、オミクロン株への楽観論は萎みつつあるように見える。しかし、なおこの感染者数が実態を表しているとは思えない。なぜなら、オミクロン株は、「無症状や軽症で済み、重症化しない」とみられているためである。

デルタ株でも無症状はあり得たであろうが重症化リスクが高かったため、特有の事情があれば、自ら検査受けを申し出た人もいたと思われる。しかし、オミクロン株は重症化しないとなれば、これまで以上に、自ら進んで検査受けを申し出るだろうか?

もちろん、体調異変や他人への感染を危惧する人は自ら検査を受けると思われる。しかし、なかには、無症状か軽症で済み重症化もしないのに、なぜ、わざわざ検査をして感染の有無を明らかにしなければならないのか?という考えも出そうである。

また、オミクロン株感染者の激増による医療入院体制の逼迫を予想し、すでに自宅療養対応が検討されているが、家庭内感染を助長するリスクは高く、家族や同居人との間に余計な緊張や不協和音を作り出す可能性も高い。

例えば、家族内の誰かが十分な感染防止対策をしていたにも関わらず、運悪く市中感染で感染してしまったとする。無症状だが感染防止のため、家族にはそのことを知らせておきたいと思うのは至極もっともだが、その影響を考えると実際に言いだすのはそれほど容易なことではない。

なぜなら、自分の行動に落ち度があったわけではなくても、家族に生じさせる感染の不安やその後の隔離生活など、家族に強いる神経質で煩雑な生活・行動によって、家族の不満・憤懣が一気に高まるのを懸念するからである。

それを考えると、感染事実を秘匿したくなる気持ちが芽生えるのも分からないではないが、その結果、感染者数の実態をますます把握困難にしてしまうことは明らかである。デルタ株、オミクロン株など株種の違いによらず、感染者数の激増は(少なく見えた)数字マジックの恐怖が真の正体を現わし始めたと思えてならない。

つづく