つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

生涯にわたって人生を充実させるためのとっておきのキモとは?

それは、学びでありモノづくりであろう。なぜか?学びは、積極的な前向きの姿勢そのものであり、また、モノづくりは、新しいモノを生む挑戦的・創造的姿勢であり、これまた積極的な前向きの姿勢だからである。

ここで、学びは、学ぼう!という姿勢さえあれば十分であり、その結果は問わない。また、モノづくりも、その出来栄えに拘る必要はない。なぜなら、学びもモノづくりも、その成果や結果が重要!であるように思えるが、実は、そうではない。

なぜなら、学びもモノづくりにも期限があるわけではないからだ。すなわち、「・・・いついつまでに何々しなければならない・・・」は、期限厳守・切迫の恐怖呪縛に捉われた悪弊である。代表的な具体例は、いわゆる受験戦争の弊害であろう。

中学・高校・大学受験、各種資格試験、昇進・昇格試験、お稽古事等、すべて基本、期限がある。その期限に迫られて必死に頑張る。その頑張り自体を決して否定はしない。しかし、学び自体に期限などあるべきなのだろうか?!

生涯学ぼうとしていても、さまざまな理由によって途中で死が訪れれば、そこで学びは途絶える。学びの目標達成は叶えられずに終わるのである。しかし、それで、それまでの学びの意義がなくなるか?と言えば、そのようなことは全くない。

モノづくりも同様であるが、モノづくりは、学びとは、また異なる特徴がある。それは、形になるため、出来栄えに拘りやすい。それは、市場に氾濫する過剰ともいえる商品の影響もあるかも知れない。

「・・・自分で作るより、買ったほうが安くていいモノ(商品)が手に入る、そんな時代に、なぜ、わざわざ手間・暇をかけてモノづくりなどするのか?!・・・」という声は確かにあるかも知れない。

しかし、少なくとも「わざわざ手間・暇をかけて」モノづくりに没頭できる時間は、例え自己満足であっても、自分を取り戻し、退屈な日常を活性化させる貴重な時間ではないだろうか?人生100年時代を迎え、長い生涯を充実させるキモはまさにここにある。

つづく

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