つれづれ雑ぐさ

新たな時代変化への想いを、自身の実体験とともに日記調に書きなぐったものです

「力を抜く」の真の意味

「(身体にかかっている)余分な力を抜け!」とは、よく言われることである。例えば、スポーツの世界、強いプレッシャーのかかる大事な場面で、緊張感から身体がこわばることはよくあることである。

「リラックスしろ!身体の力を抜け!」などと言われるが、これは言葉で言われるほど容易いことではない。なぜなら、この「力を抜け!」は、身体のあらゆる部分の力を抜け!ということではない。

すなわち、身体の中の不要な部分の力は抜け!だが、運動能力を発揮しなければならない身体の必要な部分の力は、逆に、タイミングを計って的確に、しっかり力を入れなければならないからである。

これは、一体である身体の中で、身体の部分をバラバラに作動させることを意味する。例えば、緊張と弛緩が、同時に、上半身と下半身、右半身と左半身、あるいは、精神と肉体などで、それぞれ別に生じている場合と言えるかもしれない。

具体的に例をあげて説明すると、自身はヘタの横好き健康テニスを続けているが、テニスのラケットは常時、強く握りしめているわけではなく、バックスイングの状態では、ラケットが落ちない程度に軽く握っている程度である。

しかし、リターンボールにラケット面を合わせていくにつれ、握りを強くしていきインパクト時点でボールの威力に負けないぐらい最大の力で握りしめるのである。これが逆に、バックスイングの状態でラケットを最大の力で握りしめ、肝心のインパクト時に握りがゆるんでは、ボールは決して、まともに打ち返せないのである。

例えれば、ラケットはこん棒を固く握りしめたまま振る感じではなく、ムチのようにしならせて振る感じと言えるかも知れない。自身がテニスに手を染め始めて最初にぶち当たった壁であった。

要するに、力を抜くタイミングと入れるタイミングが分からなかったのである。そして、スポーツに限らず様々な場面で、未だに懲りずに繰り返す自身の数々のほろ苦い経験こそ、この「力を抜く」の真の意味の理解不足であることは間違いない。

つづく

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